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デヴィ夫人の金スマでの嘘?(3)

前回⇒デヴィ夫人の金スマでの嘘?(2)


デヴィ夫人の前に現れた2人のキーマン(ウーマン)
のお陰でついに

セレブの社交場「コパカバーナ」で
VIP達と交流するデヴィ夫人。

だんだんと大統領夫人が近づいてきた感じですね。
(ワクワク)


◆3人目

そしてついに第3のキーマンが現れます。

それは、デヴィ夫人が18歳の時でした。

久保雅夫」という社長さんでした。

インドネシアと深く関わっている人です。

あるとき久保さんに言われました。

久保雅夫:「コパはやめろ」
    「お金なら僕がサポートする」

と言ってきました。


そして久保雅夫さんにお茶に
招待されました。


◆スカルノ大統領との出会い

それは、1959年6月16日のことです。

デヴィ夫人は、待ち合わせの当日
待ち合わせの時間にビルの前いると
軍人さんが現れました。

軍人:「Hi 根本なおこ(デヴィ夫人の昔の名前)さんですか?」
   「KUBOさんは急用のため遅れます」
    みたいなことを言われてビルの中に通されます。

そしてビルの中の一室に入ると

騒々しい感じで人が並んでい座っていて
その一番奥には、

な・な・なんと


インドネシアのスカルノ大統領」が

座っていたのでした。

どっひゃーーーーーーーーーーー

そしてスカルノ大統領の隣に座らされると、

紅茶が運ばれてきました。


大統領:「レモンですかミルクですか?」

デヴィ夫人:「レモンを・・・」

大統領自らレモンを紅茶に入れてくれました。

そして親日家の大統領は、日本に関することを
いろいろと話しました。

とにかく日本の歴史に詳しかったとのことです。

その時デヴィ夫人は、何がなんだかわから
なかったそうです。

その日はそれで別れました。


どうやら、スカルノ大統領は日本がとても好きで
日本人のお嫁さんが欲しかった、そこで
久保雅夫さんがデヴィ夫人を紹介したとの
ことです。


そしてその後、スカルノ大統領とデヴィ夫人の
文通が始まったのです。


そして、ついにインドネシアに
呼ばれます。

「お茶会においでなさい」

はたしてデヴィ夫人はインドネシアに行ってしまうのか

つづき⇒デヴィ夫人の金スマでの嘘?(4)






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